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父親 – impression of father

父親 – impression of father

今月のお題ですが、父の日にちなんでもう一つ「父親」なんて追加してみてもいいでしょうか?

私の父が3年ほど前に他界して、なんとなくそれ以来、それ以前には全く意識しなかった父親というものは自分にどういうものだったのだろうか?また子供に対して自分自身はどういう父親になっているのか?というのが少し気になっています。

私の父親は辞書の編集者でした。歴史と地理という固い?地味?な分野の辞書編集者でした。その仕事を30年位続けたのではないでしょうか。一度子供の頃に会社(編集部)に遊びに行ったことがありますが、東京麹町の編集部で20人ほどが机に座って、懸命に執筆、編集作業に集中している様は職人の工房の様な印象がありました。多分仕事している人たちは、そんなこと考えてないんでしょうけど。そんな編集部を支え続けていたのでしょう。

性格的に一番印象にあるのは酒好きです。とにかく飲んで電車を乗り過ごす、高尾まで行った、横須賀まで行ったという話は小学生の頃によくありました。横須賀線の通勤時にもポケット瓶のウィスキーを飲んでいたのは印象的です。その当時はそんな大人が多かった様な気がします。家にいるときも本を読んでいることが多く、よっぽど読書好きだったんでしょう。酒を飲みながら本を読むというのは私にはできない芸当です。

一方よく旅行や散歩などにも連れて行ってもらった記憶があります。長野の野猿公苑、志賀高原、以前住んでいた福島、青森、仙台など仕事で行くことが多かった東北の旅行が多かった気がします。時には車で、新幹線で、家族旅行をした思い出があります。散歩は家で飼っていた犬を連れて海岸や近くの路地を歩きました。やはり歴史研究者なので、いろいろ家の周りの古跡や神社の縁起などを説明してくれたのを覚えています。時にはいきつけの居酒屋に連れて行ってもらったりもしました。

お金に執着がなかったというのは父親の家系の伝統なんでしょうか。お金のことを考えない、考えるのはいけない。清貧の思想の様なものを持っていて河上肇の貧乏物語を勧められたりしました。母親がお金にはわりとしっかりしている方だったので、まだ良かったのだと思いますが、この人だけでは真っ当な生活は出来なかったでしょうね。毎日東京のど真ん中に働きに行っているのに、こういった考えを持ち続けられるのは相当頑固だったんでしょう。

好きな有名人は野坂昭如でした。レコードを何枚か持っていて、子供の頃に聞きました。薄暗い歌詞とモノクロのジャケットが決して子供は入ってはいけない世界観を醸し出していました。「おもちゃのチャチャチャ」の作詞家とは同一人物とは思えません。「四畳半襖の下張事件」なんて本もあって、本棚からもおどろおどろしい雰囲気を出していました。「悪魔の辞典」なんてのもあったな。これは子供ながらに面白かった。そして毎週部屋に置いてある「週刊文春」「週刊新潮」。

最後はがん治療を拒否して、医者に止められていた酒をやめることなく死んでいきました。普段は静かで大人しい印象なんですが、自分の世界を譲らない頑固さと意志の強さが心の底にあった気がします。なんとなく心の底に暗くて深い川があるような。

弱い父親だと思っていましたが、ある部分では相当頑固で、世間にも迎合しない強さがあった気がします。極めて珍しい人だと思います。自分の父親がビッグネームだったというコンプレックスもあったような気がします。案外人間はそういったしがらみから幾つになっても抜けられないのかも知れません。

私と父親の関係は今振り返るととても昭和の終わり頃の、あの時代にピッタリの、まるで誂えたかの様に当時の社会問題をお互いに背負った関係性だった思います。昭和20年代生まれのベビーブーマーと団塊ジュニア世代。登校拒否、家出、熟年離婚、不良、主婦の独立、高校中退、ドラッグ。いろいろ苦労はありましたが、その後母親は再婚、父親も新たな女性と暮らしはじめて、嵐の後の廃墟の様な印象でしたが、あれはあれでみんなが自分の幸せを求めて行く、新しい芽が吹き出る時だったのかなとも思います。

まあとにかくあの世で安らかに飲って下さい!乾杯!

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