表現の自由について考える ②日本の憲法ってアメリカからの押し付け憲法なの?

表現の自由について考える ②日本の憲法ってアメリカからの押し付け憲法なの?

前回は日本の法律上の表現の自由について考えてみました。

今回は、日本で今のような平和憲法が制定されたのはアメリカの意向なのか?
という問題を考えてみます。

押し付け憲法だと信じてた

戦後、日本が独立国としての道を歩み始める時、ふたたび日本に帝国主義が戻る事を恐れたアメリカがお仕着せの平和憲法を日本に押し付けた、という話しを長年僕は信じて来ました。

僕がどこでその知識を得たのか忘れてしまいましたが、試しにグーグルで、
「日本憲法 作った人」
と検索してみたら、上記と大体同じ事(GHQが草案を作って日本政府に認めさせた)が書いてあるサイトがトップと3番目に出てきました。
2番目のwikipediaもこれに沿った記述です。もっと細かく書いてありますが…

斜め読みすると、自由で民主的な憲法。
この憲法でもって、やっかいな国、日本を中から骨抜きにしてニ度と戦えない国にしてやろうというアメリカの思惑。
ソビエトからの共産勢力が日本に波及するのを恐れて大急ぎで、民主的な憲法を作った…
というストーリーです。

でもそれ以外の4番目以降に検索された多数のサイトを読んでいると別の側面が見えてきました。

日本を立て直そうとした「憲法研究会と日本文化人連盟」

たしかに草案はGHQが作ってますが歴史の流れはそんな単純ではないようです。

GHQの憲法草案に影響を与えた草案というのがあって、(草案の草案?ややこしいですね)
作ったのは日本人だけで作る憲法研究会という団体です。
その中心人物の一人、鈴木安蔵は戦前から明治の自由民権運動を研究していた学者だったのです。

この憲法研究会は社会主義者や右翼、文学者などさまざまな顔ぶれが、「無条件降伏下で日本が潰れてたまるか」と集まった組織「日本文化人連盟」の創立をきっかけとしてできた研究会です。

この憲法研究会の自由民権運動の思想をベースにした憲法草案を見てGHQもあまりの進歩的内容にブッとんだらしい。
当時のヨーロッパの国々でさえここまで国民主権で人権意識の高い憲法ではなかった。

あと当時の日本の民衆の政治熱は凄かった。デモや演説など相当アツかったようです。
戦争中、国民は言論の自由など全くなく、今で言えば中国や北朝鮮のような状況だった。
そして強権的な国家は敗戦により解体され、アメリカが入ってきて、これからどうなるかわからない、アメリカから独立出来るかもしれない、という状況。
それなら俺たちの声を聞いてくれ、今までのような思いをするのはもうこりごりだ、声を上げよう!という民衆の熱い熱気。
その大衆運動の熱を存分にこの憲法草案は受けている。
そしてこの大衆運動の熱はGHQが見過ごす事が出来ないレベルだった。

細かい事が知りたいなら、こちらのサイト広瀬隆の講演に詳しく載ってます。面白いのでおススメです。
また国立国会図書館のページでも解説され草案が読めます。

GHQを動かした草案と民衆の声

そう、この憲法草案には明治からの自由民権運動の血が実は脈々と受け継がれてるわけですね。
自由民権運動は大日本帝国に弾圧され死んでしまったかのように見えたのですが、戦後こうした形で実りました。
明治以来、沢山の民衆の苦難から産まれた切実な声が反映されてると言っても過言ではないでしょう。

この草案にGHQがかなり関心を示し、影響されGHQ版の草案を作り、当時の選挙で選ばれた議員によって憲法9条などを付け足しものが議会で可決され日本の憲法は出来上がりました。

まぁ結局、GHQの意向も反映されてる事は事実なのですが、もしGHQだけで作ってたら、8時間労働や社会福祉等ここまで人道的、福祉国家的な憲法にならなかったと思います。

ちなみにどんな憲法草案だったかというと…

憲法草案要綱

憲法研究会案

高野岩三郎、馬場恒吾、杉森孝次郎、森戸辰男、岩淵辰雄、室伏高信、鈴木安蔵

根本原則(統治権)

一、日本国ノ統治権ハ日本国民ヨリ発ス
一、天皇ハ国政ヲ親ラセス国政ノ一切ノ最高責任者ハ内閣トス
一、天皇ハ国民ノ委任ニヨリ専ラ国家的儀礼ヲ司ル
一、天皇ノ即位ハ議会ノ承認ヲ経ルモノトス
一、摂政ヲ置クハ議会ノ議決ニヨル

国民権利義務

一、国民ハ法律ノ前ニ平等ニシテ出生又ハ身分ニ基ク一切ノ差別ハ之ヲ廃止ス
一、爵位勲章其ノ他ノ栄典ハ総テ廃止ス
一、国民ノ言論学術芸術宗教ノ自由ニ妨ケル如何ナル法令ヲモ発布スルヲ得ス
一、国民ハ拷問ヲ加へラルルコトナシ
一、国民ハ国民請願国民発案及国民表決ノ権利ヲ有ス
一、国民ハ労働ノ義務ヲ有ス
一、国民ハ労働ニ従事シ其ノ労働ニ対シテ報酬ヲ受クルノ権利ヲ有ス
一、国民ハ健康ニシテ文化的水準ノ生活ヲ営ム権利ヲ有ス
一、国民ハ休息ノ権利ヲ有ス国家ハ最高八時間労働ノ実施勤労者ニ対スル有給休暇制療養所社交教養機関ノ完備ヲナスヘシ
一、国民ハ老年疾病其ノ他ノ事情ニヨリ労働不能ニ陥リタル場合生活ヲ保証サル権利ヲ有ス
一、男女ハ公的並私的ニ完全ニ平等ノ権利ヲ享有ス
一、民族人種ニヨル差別ヲ禁ス
一、国民ハ民主主義並平和思想ニ基ク人格完成社会道徳確立諸民族トノ協同ニ努ムルノ義務ヲ有ス

全部載せると多いので前文と国民権利義務だけのせましたが、今の憲法とは違いますが影響を与えている部分が見受けられます。
国民ハ拷問ヲ加へラルルコトナシ、というのが苦難の歴史を感じます。
国民ノ言論学術芸術宗教ノ自由ニ妨ケル如何ナル法令ヲモ発布スルヲ得ス、というのは今よりも具体的です。

僕の考え

やはり今の憲法はGHQが日本に押し付けたというのは明らかに違うと思います。
僕の考えですが、
大きな戦争があり、沢山の人やモノが失われ、民衆も実業家もそれこそ軍人も日本全体がもう戦争にはうんざりしていたことでしょう。それこそうんざりなんて言葉で言い表せるレベルではありません。
GHQの将校達だって実際日本に来て、日本人に触れ、その心情を少しは理解したはずです。さらに原爆をはじめ空襲など市民に対する虐殺をした事実は正当化しつつも、後ろめたさは必ずあったはずです。
明治からの自由民権運動の流れがあり、大戦後の民衆からの厭戦感と民主化運動の高まり、それとGHQの方針と後ろめたさが奇跡的に合致した末に今の日本の憲法があように思えてならないのです。

大戦後の世界情勢、社会情勢がこのような大戦前の日本から見れば夢の様な人道的な憲法を許したのかもしれません。でもこの憲法には多くの人々の切実な想いが込められてのは事実でしょう。
圧政に耐え明治からの民権運動に関わってきた大勢の市民や農民の希望、戦時中から戦後にかけての人々の苦しみ、取り返しのつかない事をしてしまったアメリカ人達の心苦しさ、センチメンタルかもしれないけど僕はそういう想いが込められてると思いたい。

だからといってこの法律は尊い!変えてはいけない!とは思いません。これは大戦後の時代に出来た憲法です。
今は当時と色々状況は違います。戦争の危険性自体は変わらずあります(極東は世界的に見てももっとも政情が不安定な地域です。)
だからこそ今の状況に合った、より、日本の立場や民衆を安定させられる形があるように思うのです。それこそ中身より理念が一番大切です。
この憲法の理念を活かすなら、むしろ変えるべきなのでは、と思います。

それにしても安倍政権や維新の会がアメリカからの押し付け憲法はゴメンだ、と事あるごとに言いますが、歴史を調べた上で言ってるのでしょうか?
スマホでちょっとグーグル検索して国立国会図書館のホームページを少し読むだけでそれが間違いである事がわかります。
まぁ政治家にとってはGHQが草案を出したという事だけでそれを根拠に認めないんでしょうが、、
資料を踏まえて考えてみれば、
「ほんの少しバレてる、その黒いハラ」と言いたくなってしまいます。

表現の自由について考えていたのが、憲法自体の話しになってしまいました。

それにしてもwikipediaもあまり信用出来ないなぁと思いました。国会図書館と書いてある事が違い過ぎます。誰でも編集できますからね。

全てではありませんが、こちらのサイト1、サイト2、サイト3も参考にしました。

最後までお読み頂きありがとうございます!

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