ビートルズのCDと不登校ブルース 〜追憶の80年代後半〜

ビートルズのCDと不登校ブルース  〜追憶の80年代後半〜

僕が物心がついたのはCDが回りだしキュルルという音を聴いた時だったと思う。

我が家にCDラジカセがやって来たのは、僕がちょうど小学校を登校拒否しだした頃で、親父がいつの間にか町田あたりでフラッと買ってきたのだった。
今は無きAIWA製でCDを入れる時は今よくあるスロットローディング式ではなく、ガチャっとフタを手動で開け縦向きにCDを直接入れるタイプだった。

小窓が付いておりスタートボタンを押すと円盤が周りだすのが見え、かん高い音でキュルキュル…キュルルルル…と音を立ててから曲が始まった。

僕はこのキュルキュル音を聞くとなぜだか胸が高鳴りワクワクしながら曲の出だしを待つのだった。

持ち主の親父はその頃から次第に家に帰る事が無くなり、気付けば両親は離婚していて、いつの間にかCDラジカセは僕のもになっていた。

当時僕はフリースクールに通いはじめ、週に何回か電車に乗るため駅を使っていた。
人通りのある改札口や駅前に海賊版CDを売る露店が立つのは当時よく見る光景だった。

売られていたのは、当時のヒットナンバーなんかではなく、60、70年代の懐かしの洋楽が中心で、ビートルズやストーンズ、ボブディラン等がニューヨークの夜景のような恐ろしく安っぽいジャケットにパッケージングされ売られていた。

恐らく、団塊の世代向けで、「昔、レコードで持ってたけど、どっか行っちゃったなぁ。せっかくだから最近買ったCDラジカセで聞いてみるか」
と気楽に買っていく層が多かったのだろう。1枚500円〜1500円ほどで売られていた。

うちの親も懐かし買ったのだろう、ビートルズやらストーンズやら60年代70年代のCDを何枚も買ってきて、僕は自然にそれらのCDを聞き始めた。

小学4年生、学校に行かない僕には、時間は沢山あった。そして何より1日は今より途方もなく長かった。

CDは擦り切れないのだが、キズだらけになるまで聞いた。

ビートルズが一番のお気に入りだった。

少ない小遣いで500円の海賊版アルバムを買った。曲順は今から思えば初期の曲や後期の曲が入り混じったひどいセンスの混沌とした選曲だったが、当時それしか知らないので、それが最高だった。

テレビ台に置いてあるCDラジカセの前に膝まずき、おでこを付けると耳の位置にスピーカーが来て、スタートボタンを押すと小気味よいキュルキュル音と伴にビートルズが始まり、フルボリュームの洪水、12曲の音の中に潜り込み、その旅はあっという間に終わるのだった。
そしてそれを母が仕事から帰ってくるまで何回も繰り返した。

意味は全くわからないが自然に歌を覚え一緒に吠えていた。

当時、遅ればせながらようやく自分もやがて大人になってしまう事実に気がついたのだが、それは恐怖以外の何物でもなかった。
僕はビートルズの海に沈んで、明日以降の事を一切考えたくなかった。

ビートルズと一緒に吠えている時だけが恐怖から自由になれる時だった。

四年生の頃、僕を叩いてたK先生はクラスの担任から外された。
そして新しく担任になった先生が何度か家に来た。
ソ連帰りのその優しそうな先生の話はとても珍しくて興味を引いたのだけども、一年も欠席してた僕がどの面下げて学校に戻っていいのか分からなかった。

僕を叩いてたK先生がクラスから外された事を聞き、それも怖かった。

夏休みの頃、学校裏のボロアパート街の細い抜け道を自転車を押して歩いていた時、校舎裏の土地を耕して畑を作っているK先生とバッタリ遭遇した。

フェンス越し、麦わら帽をかぶったK先生は汗を拭いながら、満面の笑みで
「おう一原丸かぁ、どうだ、元気にやってるか?」
と尋ねるのだった。

僕はなんだか先生にとても悪い事をしてきた気分になり顔を上げられず、下を向いて、
「うん」
と言うのがやっとだった。
どうにもこの先生を憎む事は出来なかった。

夏休み明け、その先生は他校に赴任していったと聞いた。

学校に行けないまま時間が過ぎ、
小学校を卒業する頃、ソ連帰りの先生は卒業証書と卒業文集を持ってきてくれた。
頼まれていたものの結局文集は書けずじまいで、僕はみんなが当たり前にやってる事を全て放棄してる申し訳無さで頭がいっぱいだった。

見たくもない文集だったが、みんながどう学校で過ごしてたのかが気になり文集をじっくり読んでしまった。

将来の夢とか、修学旅行とかアスレチックランドで遊んだ話しとか、どうでもいいような事ばかりだったが、ひとつだけ僕の気を引いた文章があった。

顔も知らない女の子が書いた文章で、ひたすらビートルズの事だけを綴った文章だった。
それはビートルズがどれだけ偉大で、どれだけ曲が良くて、どれだけ自分が愛してて、どれだけみんながその良さをわかってくれないかをひたすら書きなぐったような文章で、僕は何度も読み返した。

僕と同じ物を大好きな人間が近くにいる!!
僕と同じ事を感じてる人間が近くにいる!!

それだけで自分の存在がなんとか肯定されてるような気がして少し安心した事を覚えている。

今から考えると僕やあの子がビートルズにハマった理由はCDの普及にあるだろう。
CDが普及した事により、レコードの買い直し需要が生れ、過去の名作が次々と再発される事になった。
ビートルズやボブディランやストーンズ等の大物は海賊版が先に出て、おかげで僕のような小学生でも名作が買えるようになった。

多分日本各地でこの現象が起き、僕ら世代は10代の入り口の一番多感な時期、60年代音楽の洗礼を受ける事となった。

このあと流行るグランジムーブメントやパフィーのヒットだってこの事と無関係でないだろう。

それにしても、なんで10代の入り口でもがき苦しんでる子供たちにビートルズが刺さったのだろう。
その理由はよく解らない。

先日、家に転がっていたビートルズ500円海賊版を聴いてみた。
ジャケットは英国の国旗。
超適当だ。
音もひどい、曲をかけると明らかにレコードに針を落とした音が聞こえる。

恐らくレコードから直接デジタル化したのだろう。

試しにリマスター版と聴き比べてみる。
イエスタデイの音はモノラルで高音も低音もあまり出てないし、何より音がこもっていてなんか割れてるような感じがする。

でも、明らかにリマスター版より、海賊版の方が哀愁が漂っていていい。
リマスター版はリバーブが妙に高音質ではっきり言って気持ち悪い。

海賊版を聴くと、雑音ばかりのはずなんだけど余計な雑念は入らず音に集中できて泣けてくる。

これはバーで働いてた時、常連さんに聴かせてもみんなそう言っていた。

全然500円海賊版の音の方が素晴らしい。

この音を聴くとビートルズの海に潜り込んでいたあの頃を思い出すのだ。