インドの不思議:失われた十支族の末裔

インドの不思議:失われた十支族の末裔

最近、インドで聞いた不思議な話です。ある日本人の方がインド人と結婚をしました。インド人といってもミャンマーと接する東北インドのマニプルという州の出身の人です。顔は東南アジア系で日本人にも似ています、日本人的にはとても親近感の湧く顔立ちです。食べ物などもインドほど辛くない東南アジアっぽい食べ物が多いそうです。

そんなインドの最果ての地に(すいません)、イスラエルの失われた十支族の末裔が住んでいたという話です。その結婚されたインド人の方が、まさにその末裔で今でも豚肉を食べない等のユダヤ教の教えを守っているそうです。驚きです!!!

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この人達はブネイ・メナシェ( Bnei Menashe)と呼ばれていて、失われた十支族のマナセ族(menashe)の子孫という意味だそうです。その他にもShilnung, Kuki, Misoといった名前で呼ばれる人たちがマナセ族の子孫として、東北州近辺及びミャンマーに住んでいるそうです。イスラエルへの帰還事業も実際に行われており、入植した方もいれば、イスラエルに一時的に行く方もいるようです。

 

The Bnei Menashe of India

 

 

アッシリア捕囚が紀元前722年、そして現代2018年。2740年の時を越えて約束の地に帰還したということなんでしょうか。凄すぎます!

1891年頃のマニプル住民のスケッチ

 

1894年にキリスト教の宣教師が地元民を改宗するためにマニプルに行き、そこでクキ族が口伝で伝わるメナセ族へのつながりや、その他のストーリーを伝えてきたこと、そして彼らがいくつかの聖書の話を理解したことから、彼らの祖先の宗教と考えたキリスト教に改宗した。代々伝えられてきた歌には出エジプトの情景を歌ったものもある。(Bnei menashe.comより)、

この頃のマニプル住民のスケッチがありますが、こういった人たちの中にイギリス人が読む聖書と同じストーリーを”発見”した時は、彼らも驚いたことでしょう。

(この歌、まんま過ぎ越しの祭りとか、紅海、chariotsとか歌ってますが、現地語から訳すときに相当意訳が入っていそう)

 

We must keep the Passover festival
Because we crossed the Red Sea on the dry land
At night we crossed with a fire
And by day with a cloud
Enemies pursued us with chariots
And the sea swallowed them up
And used them as food for the fish
And when we were thirsty
We received water from the rock

Bnei menashe.comには彼らの口伝での歴史も書かれており、それによるとアッシリア捕囚の後アフガニスタンに到着した。王様や力のある部族からを警戒して、ほとんどはあまり人の訪れない場所に移動した。アフガニスタンからヒンドゥクシ山脈を越えチベットへ。そしてBC240年頃に中国の開封という場所に移動した。ビネイ・メナシェの人々は中国にいる間には祖先は奴隷にされることはなかったと信じているが、同時に多くの同胞が殺され、混血も始まった。彼らは洞窟に逃れ、紀元100年頃には羊皮紙は焼かれ(多分聖書のこと?)、追放された。そしていくつかのグループはメコン川を下り、ベトナムに入り、またフィリピン、タイ、マレーシアに入ったという。また別のグループがブルマを経由し現在のインドに入り、そしてShinlung”洞窟に住むもの”と今でもその頃の呼び名で呼ばれている。

驚いたことに、彼らは河南省鄭州市の隣の開封まで到達していた。地図で見ると青島や上海も目の先、その先には朝鮮半島、そして日本が。

さて、ここまでが実際にほぼ公式に現在まで確認されていて、多分本当、若しくは似たような事が起こっていたであろう、という部分です。この先に知りたい情報はDNA解析で彼らの血統を辿れないのか?ということと、日本には失われた十支族は入っていないのか?ということです。この話を聞いてからというもの、インチキとしか思わなかった天皇家がユダヤ系と繋がっているだの、秦氏の話や、ひいては厩戸皇子のお母さんがペルシャ系だの、戸来村のキリストの墓も?、まさか?と古代への妄想が果てしなく広がっていきます。日本は縄文〜弥生時代ですね、この頃。そうすると何百年かけて大陸を西から東に移動してきた集団が日本に着いたのはいつ頃なんだろうか?

そしてこの話の一番すごいポイントは古代の人々が、私の想像を越えてかなりの交流、移動をしていたということです。DNAの広がりの地図などやモンゴロイドの南米到達などの話を聞くと、ほ〜そうか!と納得するのですが、実際にこういった宗教や文化を伴った移動を見ると、キリストじゃなくても、キリストを語った誰か位は青森まで来てるかな?とか厩戸皇子の頃にキリスト教位日本に来てるだろ、とか思えてしまうのでした。だってそのずーっと前に北米、南米にモンゴロイド行ってんすよ!って。