多摩川を下る 3日目 「御嶽渓谷の激流」

多摩川を下る  3日目 「御嶽渓谷の激流」

ホントの旅の始まり

今日からがホントの旅の始まりだ、少し朝から緊張気味、道具の整理に余念がない、普段は整理整頓などまったくしないが、キャンプ生活だとごく自然にこれが出来る、だが慣れてないので遅い。
八時頃には出発する気でいたのだが、遊ばず、のんびりもせずにあくせくと、テントを片づけたり、食料をまとめたりしていたら、時間が掛かってしまった。
結局出発は十一時、この段取りの悪さという問題は常にこの旅につきまとう事になる。

初めて流れに乗った!

さて、準備はととのった。
いよいよ出発だ。川井キャンプ場の少し先にある小さな人工の滝をカヌーを担いで降りていく。
昨日同行の子が落ちなくて本当によかった。結構な落差がある。
足場の悪い崖を、20キロくらいあるカヌーを背負って降りたものだからいきなりふらつく、ふらつきながらも川原におり、カヌーを浮かべる。
まだ慣れないので、カヌーに乗り込むとき、重心が安定せずこれまたふらつく。
ふらふらしながらもなんとか乗りこむ、川の水は相変わらず冷たい、体と同時に靴にしみた水がカヌーの中へながれ込む、長時間乗ってると冷えそうだ。

乗り込んでしまえばあとはパドルで漕がなくても、どんどん前へ進む、パドルはハンドルみたいな役割だ。
多摩川の上流は流れが早くて、川の流れの中に無数の岩が立っていいる、これをよけながら進んでいく事になるのだが、けっこう難しい。
パドルで進路を変えようとしても流れが速いので、たちまち岩が迫ってきてぶつかりそうになる、まだパドルの操作が上手くないので、岩はすれすれまで迫ってくる、結局パドルを片手で持ち、もう片方の手で岩を突いて、船の進路を変えるという、荒技で乗り切るしかない。
川には流れが穏やかで水深も深く、周りの景色楽しみながら気楽に進める天国みたいな所と、白い波がたち流れが速く底が浅い、マジで手に汗握る地獄みたいな所がある。
これがいわいる瀬というやつだ。
この瀬が難しい、上手くルートを選ばないと、たちまち船底を岩でこすって立ち往生してしまう。
最悪の場合は岩に引っ掛ったまま、流れに押しつぶされ転覆してしまう危険もある。
転覆すると川の流れの水圧で起き上がれなくなり、そのまま窒息死する事もあるらしい。
命がけだ。
カヌーに乗ってるとあたまの位置は水面から大体75センチくらい、先の見通しはきかないし、まして水深の浅い所なんてはじめは全然解らない。

川から眺める景色

スタートしてはじめは流れが穏やかで、通り過ぎる渓谷の景色を水の上から眺める、天気もいいしとてもいい気分、なんといえばいいのだろう、水の上をすーっと進んでいくこの感覚。

自動車に乗るのとはまるで違う、強いていえば山の中の林道のなだらかな下り坂を自転車で下りていく感覚に一番近いのだろうか。
とにかく気持ちいい。
でもすぐ川が浅くなってきて船を下りて引きずって歩く。
さっきまで水があったのに、なんでだろう。
やはり今の時期は水が少ないから、カヌーでずーっと下っていくのは無理なのだろうか。
ちょっと心配する。

だがそれも最初の内だけだった、しばらく引きずってはまたのり、そんな事を繰り返してる内にだんだん水かさが増してきた。
気がつくとゴーっという轟音と共に白い波と岩が迫ってきた、パドルを持つ手に力が入る。
「おおーっなんかカヌーって感じだぜぇ」意味がわからないうちに必死でパドルを振り回して船の針路を変え、突破。
二つの大きな岩に挟まれたちょっとした滝だった。心臓がどきどきいってる。
「おお〜やったぜぇ」岩をクリアするこの感覚、気持ちよすぎる。
スリルと安堵の狭間にあるこの喜びはいったい何なのだろう。

また川は静寂を取り戻し、新緑に色づきかかった木々に囲まれた渓谷を進んでいく。
暫くするとまたゴーっという音が聞こえてきた。
今度はさっきより大きい瀬だ、無数の岩が並び、その間を落差を付けながら水が滑り降りている。
どこを進めばよいのだろう、一瞬頭が真っ白になる、迷っている内にカヌーはその内の一つの流れへ吸い込まれていく、まずい、落差を付けて水が落ち込むぎりぎりところにある岩は、かなりの大きさで、水面すれすれにある。
引っ掛かるのか?と危惧するが、さすがダッキーカヌー、岩にずりずり底をすりながらも、その浮力で突破。
瀬が終わると水深の深い淵になっており、大きく川は膨らみ蛇行している。
流れはほとんど無い。
そこに急流と共に吐き出され、くるくると枯れ葉のように漂う。でっかい崖が僕の背中と正面を行ったり来たりしている。スタートしてからわずか約30分、場所によって川は全然表情が違うことに驚く。

御嶽のカヌイスト達

ます釣り場はちっちゃい橋がいっぱい架かっていてカヌーでは進めないので300メーターほどカヌーを担いで歩道をいく、休日なので家族連れなどで賑わっている、若者もけっこう多い。

ここを通り抜けまた川にカヌーを浮かべしばらく進むと、川の流れは一段と激しさを増し、カヌーの集団が川で練習してる光景に出くわした。
いったん川原に上がり見学する事にする。素人の僕があの中を進んでいくのは何だか気後れがするのだ。
みんな短い形のプラスチック製のカヌーに乗っており、スウェットスーツにヘルメットで身を固めている。
カヌーショップに行ったとき、店内のビデオに映っていた物と一緒の形だ。
そのときたまたま隣にいた買い物客と話をする機会があった。

「あれはフリースタイルカヌーっていって、私、それのインストラクターやってるんだ」
と言いい、日焼けした顔でにこにこ笑ってその映像のカヌーについてイロイロ教えてくれた。
とにかくすごい動きが出来るカヌーで、ビデオでは滝壺に宙返りしながら飛び込んだり、激流の上で止まってくるくる横に回転したり、でんぐり返ししたり、技を競っていた。
最後に「フリースタイルも是非やってみてよ、絶対面白いから」と進めてくれた、笑顔のまぶしい女性だった。

まさに目の前では、激流のなかでフリースタイルの練習をする猛者が集っている。
噂で聞いていたカヌーのメッカ、御嶽の激流である。
岸で呆然とその光景を見ていたら、カヌーを担いで日焼けをした、いかにもベテランカヌイストといった感じの男性が、通りかかり、近くで練習の準備をし始めた。
思い切って話しかけて見ることにした。
「この先ってやっぱりすごい激流なんですかね?」
バカな質問だ、見ればわかる事である。「僕、下流の方まで行くんで、危ないポイントとかあったら教えてもらいたいんですけど、まだあまり慣れていないし、初めてここ通るもので参考までに、、、」
慣れていないもなにも一時間前に初めてカヌーをやり始めたずぶの素人である。
それでもその人はそんな馬鹿者にていねいに教えてくれた。
「危険って言えばここら辺全部危険だからなぁポイントって言われてもねぇ、、、」「下流の方まで行くんだったら堰には気をつけた方がいいよ、何も知らないで落っこっちゃった奴知ってるから。」
「きみ、、、それ、救命胴衣?いや、、みなれない形だから、、ふーん、それ着けてるんだったら大丈夫だよ」
僕の着てるのはなんと釣り用の救命胴衣である。
それでもその人は
「まぁ人はいっぱいいるから流されてもなんとかなるよ、ま、気をつけて」
と励ましてくれ、すぃーっとカヌーを漕いで激流の中の人混みに(いやカヌー混みかな)紛れていった。

僕も意を決して流れの中に漕ぎ出す事にした。
はじめはたくさん浮かんでるカヌーにぶつかるんじゃないかと心配だったが、さすが向こうは手慣れたもの、初心者の僕に道を譲ってくれるので、ぶつかる事は全くなかった。

御嶽の激流、岩の上で何想う

しかしさすがに御嶽の激流、あたりは完全に渓谷の岩場となり、大きな岩々が岸だけではなく、流れの中にも無数に横たわっている。
水深がぐっと増し、水量も半端じゃない、流れも乗っているだけで風を感じるくらいに速い。
遠くに見えていた岩がすぐに迫ってくる。
何度も岩にカヌーをぶつけそうになったり、こすりつけたり、手で岩をつかんで方向転換したりして、激流の連続をやり過ごす。

ここら辺は「淵1」という存在はなく、流れは常に速い、必然的に進路をとるためにパドルをせわしなく動かし続ける事になる。
はじめのうちは軽かったパドルもだんだん重くなってくる。
そのうちに腕が上がらなくなってきた、それでも自転車などと違いカヌーは止まる事は出来ない、疲れたからと言って休ませてはくれない、次々と岩の群れや水の滑り台みたいな、小さい滝が襲ってくる。
ここまでくると最初の内のクリアする爽快感など全くない。
一息つく間もない恐怖の連続である。もういい加減にしてくれ〜って感じだ。

そんな時、とうとう、急流の中にある大きな岩を右によけるか左によけるかで、判断を誤ってしまった。
途中までまで行きかけた先があまりにも大きな落ち込みになっているので、無理矢理逆に方向転換しようとしたときの出来事だった。
結局曲がりきれず、大きな岩にカヌーが横倒しに引っ掛かってしまった、
あっという間に激流が船内に流れ込んでくる、沈しかけたので、あわてて川に飛び降り、激流に持って行かれそうになるカヌーをおさまえる。
カヌーの後ろに支えになる大きな岩があるおかげで、なんとかカヌーが水に持って行かれる事はないが、水圧がすごすぎて、どうにもカヌーを動かす事など出来そうもない。

みるみるうちに、カヌーは岩の形に合わせてひしゃげて折れ曲がっていく、足場が悪く、カヌーを水から抜こうと踏ん張ると、体が水に持って行かれそうになる。
すごい水圧だ、どうすればよいのだろう。
時間がたつにつれ少しづつカヌーは岩の後ろへ後退していく、このままでは水に持って行かれてしまうのも時間の問題だ。
とりあえず水のないこの大きな岩の上にカヌーを上げたい。
まず足場をなんとか地形のいいところへ確保して、それから渾身の力を込めカヌーを端から上に持ち上げてみる、うぉー重い!
多摩川の水はこんなに重いのかー!
今日の体力を全て使い果たし、なんとか岩の上へカヌーを上げる事が出来た。
自分も岩の上へ登り、とりあえず座って体を休める。
周りを改めて見回すとけっこう練習してる人や、それを見ているギャラリーが多い事に気がつく。
すると一艘のフリースタイルカヤックが近づいてきた、中にはおじさんが乗っている。
こちらに向かってなにか言っているが激流の音にかき消されて良く聞こえない。「は?なんすか?もっと大声で言ってよ」と叫んでみる。
すると「大丈夫かー」っと言っている。
どうやら心配してるようだ。
「なんとか大丈夫」と答える。
「そうか、がんばれよ〜」と言って去っていった。
さて大丈夫といったものの、この岩からどうやって脱出すればいいのだろうか。
ま、とりあえず危険は脱したし休むか、とたばこに火をつけ、困っちまったけどまあいいっかぁといった感じで辺りの景色をながめる。
激流の岩の上で吸うたばこの味はまた格別だ。

おじさんカヌイストの無謀なアドバイス

フリースタイカヤックは激流を物ともせず水鳥のように華麗に水上を舞っている。
下る事はもちろんこの水流でも川を逆走したり、止まったりしている。
しばらくするとさっき岸で声をかけた、ベテランカヌイストが、こっちを見てニヤッと笑いながら、僕が怖くて逃げようとした水路をかけるように通り抜けていった。
二本目のたばこに火をつける頃、さっきのおじさんカヌイストがまた来て、「おーい、カヌーそっからじゃ流れがすごすぎて乗れないだろう」
と心配してくれる。
「カヌー川になげちゃえよ」
「は?」
「カヌーを川に流すしかないだろうって言ってるんだよ、下流のどっかに引っ掛かるからそれを歩いて拾いに行けば問題ないよ」
アドバイスしてくれるのは嬉しいが、このおっさん、とんでもない事を言ってくれる、買ったばかりのカヌーをこの激流に流すなんてとんでもない。
大体どこに流れ着くかわからないし、拾えない場所だったらどうするのだ、盗まれるかも知れないし。
それにここまでカヌーを引き上げた僕の努力はなんだったのだ。
「アドバイスどうも、なんとかしますので、ご心配なく」と叫ぶ。
「そうか、がんばれよ〜」と言ってまた去っていった。

色々考えた結果、どうやらカヌーを向こうの流れが穏やかなところまで引っ張っていって、そこから乗ればなんとかなるのではないのかという結論に至った。
問題はこの激流の中でカヌーを引っ張れるかという事である。
とりあえずカヌーを岩に置いて、激流に降りてみる、するといきなりかなりの深さで、体が流されそうになる、必死で振り返り岩にしがみつき難を逃れる。
さっきとっさにカヌーから飛び降りた場所は、運良く浅いところだったみたいだ、危ないところだったなと思う。
水面に目をこらすと岩の周りだけ急に水深が深くなっている、足を伸ばして浅いところに着地。
ここだと膝の上ぐらいまでしか水かさが無く、この水流でもなんとか歩ける。
しかし岩から離れすぎてカヌーに手が届かない。
また考える。
そうだ、パドルがあるじゃないか、と思いつき、カヌーにパドルを引っかけて自分の手元まで寄せて一気に着水。
水流はやはりすごく、カヌーをつかむ体が引っ張られる、岩が滑って転びそうになるが、なんとか気合いでバランスをとり、カヌーを上流に向かって引っ張る。
無事、穏やかな流れの所までカヌーを引っ張る事が出来た。

ふぅやっかいな難所だったぜ。
さっきのおじさんはまだ近くで練習していて、
「よかったな〜これからもがんばれよ」
と祝福してくれた。
このおっさんにはなんも助けられちゃいないが、嬉しい事には変わりがない。
一応お礼を言ってその場を後にした。

ふらふらになりながら何とか御嶽の激流をぬける

その後も御嶽の激流は続いた、もう体力も大分尽きてきて、体はしんどいし、心もいつ終わるかも知れないこの激流にへきえきして、はっきりいって僕は泣きそうになりながらカヌーに乗っていた。
それでも初めて見る川の景色は興味深い、例えば川が二股に分かれている所とか、なんでもないまっすぐの流れの場所などに、大きい矢印が岩にペイントされていたりする。
最初は謎だったのだが、何となく矢印通りのルートを通ってみる。
何度か通り過ぎるうちに訳が分かった。
普通の流れに見えるが浅すぎてカヌーが通れない所や、行き止まりになっている水路などを教える目印なのだ。
それから河原に突如、首だけのマネキン人形が棒に刺さされて川を見つめていたりする。
誰かのいたずらなのだろうか、それともむかしここで水難事故があって、注意しろ!っていう目印なのだろうか。
ちょっとというかだいぶ怖い。

そんなこんなで、なんとか岩が大分少なくなったところまでたどり着く、
大きな橋が架かっていて、その下にちょうど桟橋のような階段が川に向けてついているので、そこにカヌーをつけて昼飯をとる事にした。
カヌーをつけると子供がやってきて、うわーいカヌーだ、かっこいい〜などと言っている。

この橋のある所はむかし渡しがあった所だそうで、看板が残っている。
昼飯中も子供に盗られるんじゃないかと、川に残してきたカヌーが心配でゆっくり飯が食べられない。
こんなに疲れきっているのに、つくづく貧乏性は嫌だなぁと思う。

渓谷の天使

雲行きも怪しいしカヌーも心配なので、早めに昼飯をとり、すぐ出発、ここからは御岳の激流も終わりを告げ、緩やかな流れと、ちょっと激しい流れの瀬の繰り返しとなり、くねくねと川は蛇行していく。
天気は悪くなり気温は冷えてきて、水に浸った僕の体温を奪っていく。
もう一刻も早く今日の冒険を終わりにしたいと思う。
携帯でh氏に連絡を取るが、川におりられるポイントがなかなかないという事で、まだ先まで下らなくてはならない。
仕方ないのでしばらく下る。
疲労と川に対する恐怖心と寒さで結構いらいらしてきた頃だった、大きく蛇行するカーブを抜けると砂浜がなぜか見えた。
実際そこだけ砂で出来た河原なのだ。
そこに小さな天使よろしく小さな女の子が二人っきりで、砂遊びをしていた。
周りは人っ子一人いない完全に山奥の渓谷、なんでこんな所に子供がいるのだろう?
疲れて不安な僕にはやはりそれが天使にしか見えなかった。
岸につけて船にたまった水を抜き、天使にそっと話しかけてみる事にした。「ちょっと写真とっていい?」
なんだそりゃ、完全に変質者じゃないか、天使はひそひそ笑いながら話し合って恥ずかしそうにこちらを見つめている。
「大丈夫、顔が解らないように風景と一緒に撮るから、、、いいでしょ」
やはり恥ずかしそうにこくんとうなずく天使たち。
変な気を回し、天使には近寄る事は出来ない僕だった。

天使に出会えたので少し元気を取り戻し、渓谷の景色を楽しみながら、なんとか待ち合わせポイントまでたどり着いた。
まだ3時過ぎだが、これから雨が降るらしいし、何よりこれ以上乗る気力がない。今日はここで終了。

少しだけ、文明に還る

青梅の街へ出てリンガーハットへ晩飯を食いに行き、久しぶりに「文明的」な店内に入りなんとか人心地につけた。
とにかく激流に入ってから、極度に神経が高ぶってしまい、生きた心地がしなかった。
都内を出発したのはおとといの事なのに、あの文明的だった都会生活が遥か昔に感じてしまう。
下手したら死んでしまうという危機意識のせいで神経が野生状態に戻ってしまったのだろう、リンガーハットで長崎チャンポンを食べるという事自体がとてつもなく幸せで尊い事の様に感じる。
「生きていて良かった…」じーんと幸せを噛み締めながらのむビール。
美味すぎる。
それにしても御嶽の激流は凄まじかった。
あの激流のしぶきの光景と轟音が今も脳裏から離れない。

この後また河原に戻って一泊しなくては…
この座り心地のいい椅子から離れたくないがやっとの思いで店を後にする。

川がこんなに楽しく、そして体のそこから怖いものだと初めて実感した一日だった。


  1. 流れの速い瀬が終わった所にある水深の深い流れのほとんどない所。  ↩

最後までお付き合いいただき、ありがとうございます!

 

多摩川を下る 4日目 「青梅から小作の堰まで」